研究会趣意

「十九世紀文学研究会」趣意書

 現在、一般的な文学史の時代区分によれば、明治維新をメルクマールとして、近世(前近代)と近代を区分している。この時代区分では文学史に大きな盲点を作り出してきたといえる。問題は、幕末維新期のあつかいにあった。

 つまり、これまでの文学史は、この十九世紀の中間期を欠落させて成立したものなのである。この時代を対象とした研究がなかったわけではないが、柳田泉、興津要、前田愛などの諸氏による業績は、現在でも再点検されないままで放置されてきてしまった。しかしながら、これらの業績が依拠したイデオロギーが、戦後文学に通底する「近代」を基準としたものであったことは否定できないだろう。こうして、幕末維新期は「近代」への過渡期とする発展史観によって塗り込めてきたわけである。もちろん、前近代/近代という時代区分自体も、そうした「近代」主義的発想に侵されたものであった。

 研究者自身もこの時代区分に異議をさしはさむことなく、日本近世文学研究/日本近代文学研究という垣根の中で、それぞれの専門分野を固守してきたのである。本研究会では、そうした発展史観を一旦留保して、専門の垣根を越えて、十九世紀という世界史的な時代区分に従うことで、この幕末維新期=過渡期という歴史観を解体し、発展史観の呪縛から自由になり、十九世紀という視座から「日本」文学の可能性を改めて見直してみようと思う。

 また、社会史的な視点から十九世紀の時代相を確認すれば、商業資本主義的経済の発展により各種商品の流通網が整備され、全国的に出版文化が浸透した世紀と捉えることができるだろう。それは、「文学の世俗化」という概念で捉え直すこともできるかもしれない。印刷技術や製本技術などのメディア環境の変化も、そうした「世俗化」を促す要因として理解することもできる。一方、社会状況の変化も見逃せないだろう。政治的に封建制下の「日本」という市場が、世界市場の中の国民国家「日本」となり、まさに十九世紀という世界史的な同時代性を獲得する時代でもあったのである。幕末維新期は、そうした社会経済史的な時代の転換点に位置し、その結果として文学が普く社会階層の隅々まで浸透することになったのである。その状況は、市民革命後の西欧社会とも連動する世界史的な変容として位置付けられるだろう。と同時に、十九世紀は現在を発展過程の最終形態とする文明史観が支配的になる時代でもあった。国学などによって甦った古典文化を伝統として美化するという自らの現在を歴史的に虚構化する視線によって文化の各層で歴史が求められたのである。

 そうした歴史についても留意しながら、十九世紀という枠組みのなかで、言語の問題から出版や芸能、ジャンル形成、文化の流通に渉る社会現象として広く文学を捉え直そうとする是がいまぜひ必要と考えられる。

 そこで、われわれは上記のような問題意識を共有する研究者が集い、相互の交流と協力を促進するとともに、研究上も独自な成果を公表し、国際的にも発信することを目指すものとしての「十九世紀文学研究会」立ち上げたく思います。是非ともこの趣旨にご賛同いただき、積極的に本会に参加いただければ幸いです。

発起人 山田俊治
谷川惠一
高木 元
中丸宣明

(2014年4月)